人物詳細
項目 | 内容 |
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人物ID | 446 |
名前 | 舒明天皇 / じよめいてんわう |
別名 | 高市岡本宮御宇天皇, 息長足日広額天皇, 飛鳥崗本宮御宇天皇, 高市岡本宮御宇天皇, 天皇, 岡本天皇, 飛鳥岡本宮御宇天皇 / たけちのをかもとのみやにあめのしたしらしめししすめらみことあすかのをかもとのみやにあめのしたしらしめししすめらみこと |
通称 | 舒明天皇, 飛鳥崗本宮御宇天皇, 高市岡本宮御宇天皇 / じょめいてんのう, あすかのおかもとのみやにあめのしたしろしめししすめらみこと, たけちのおかもとのみやにあめのしたしろしめししすめらみこと |
性別 | 男 |
時期 | 第1期 |
作品数(長歌) | 1 |
作品数(短歌) | 0 |
作品数(旋頭歌) | 0 |
作品数(仏足石歌) | 0 |
概要 | 敏達天皇孫、押坂彦人大兄皇子の子、母は糠手姫皇女。古人大兄皇子・天智天皇・間人皇女・天武天皇・蚊屋皇子の父。皇后は宝皇女〔皇極(斉明)天皇〕(日本書紀・本朝皇胤紹運録)。諱は田村皇子。舒明1(629)1即位、同2・1宝皇女を皇后とする。同10月飛鳥岡本宮遷都、同3・9有間温泉行幸、同8・6岡本宮失火、田中宮へ遷る。同10・10有間温湯宮行幸、同11・7大宮・大寺造作の詔及び百済川の側を宮処となす詔。同12月伊予温湯宮行幸、同13・10百済宮に崩(日本書紀)。歳49(本朝皇胤紹運録)。 |