歌詳細
項目 | 内容 |
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番号 | 巻16-3791 |
漢字本文(題詞) | 昔有老翁。号曰竹取翁也。此翁、季春之月登丘遠望、忽値煑羮之九箇女子也。 百嬌無儔、花容無止。于時娘子等呼老翁嗤曰、叔父来乎。吹此燭火也。 於是翁曰唯唯、漸趍徐行着接座上。良久娘子等皆共含咲相推譲之曰、阿誰呼此翁哉。 尒乃竹取翁謝之曰、非慮之外偶逢神仙、迷惑之心無敢所禁。 近狎之罪、希贖以歌。即作歌一首〔并短歌〕 |
漢字本文 | 緑子之若子蚊見庭垂乳為母所懐褨襁平生蚊見庭結経方衣氷津裏丹縫服頸着之童子蚊見庭結幡之袂着衣服我矣丹因子等何四千庭三名之綿蚊黒為髪尾信櫛持於是蚊寸垂取束擧而裳纏見解乱童児丹成見羅丹津蚊経色丹名着来紫之大綾之衣墨江之遠里小野之真榛持丹穂之為衣丹狛錦紐丹縫着刺部重部波累服打十八為麻続児等蟻衣之宝之子等蚊打栲者経而織布日曝之朝手作尾信巾裳成者〻寸丹取為支屋所経稲寸丁女蚊妻問迹我丹所来為彼方之二綾裏沓飛鳥飛鳥壮蚊霖禁縫為黒沓刺佩而庭立住退莫立禁尾迹女蚊髣髴聞而我丹所来為水縹絹帯尾引帯成韓帯丹取為海神之殿盖丹飛翔為軽如来腰細丹取餝氷真十鏡取双懸而己蚊杲還氷見乍春避而野邊尾廻者面白見我矣思経蚊狭野津鳥来鳴翔経秋僻而山邊尾往者名津蚊為迹我矣思経蚊天雲裳行田菜引還立路尾所来者打氷刺宮尾見名刺竹之舎人壮裳忍経等氷還等氷見乍誰子其迹哉所思而在如是所為故為古部狭〻寸為我哉端寸八為今日八方子等丹五十狭迩迹哉所思而在如是所為故為古部之賢人藻後之世之堅監将為迹老人矣送為車持還来持還来 |
読み下し文(題詞) | 昔老翁ありき。号を竹取の翁と曰ふ。この翁、季春の月に丘に登り遠く望むに、忽ちに羮を煮る九箇の女子に値ひき。 百嬌儔無く、花容匹無し。時に娘子等老翁を呼び嗤ひて曰はく「叔父来れ。この燭の火を吹け」といふ。 ここに翁「唯唯」と曰ひて、漸にき徐に行きて座の上に着接る。良久にして娘子等皆共に咲を含み相推譲りて曰はく「阿誰かこの翁を呼べる」といふ。 すなはち竹取の翁謝へて曰はく「慮はざる外に偶に神仙に逢へり、迷惑へる心敢へて禁ふる所なし。 近く狎れし罪は、希はくは贖ふに歌をもちてせむ」といふ。すなはち作れる歌一首〔并せて短歌〕 |
読み下し文 | みどり子の若子が身にはたらちし母に懐かえ襁の平生が身には木綿肩衣純裏に縫ひ着頚着の童児が身にはゆひ幡の袖着衣着し我をにほひよる子らがよちには蜷の腸か黒し髪をま櫛もちここにかき垂れ取り束ね上げても巻きみ解き乱り童児になしみさ丹つかふ色なつかしき紫の大綾の衣住吉の遠里小野のま榛もちにほしし衣に高麗錦紐に縫ひ付け指さふ重なふなみ重ね着打麻やし麻績の子らあり衣の宝の子らがうつたへは経て織る布日さらしの麻手作りを信巾裳なす脛裳に取らし支屋に経る稲置娘子が妻問ふと我におこせし彼方の二綾下沓飛ぶ鳥の明日香壮士が長雨忌み縫ひし黒沓さし履きて庭にたたずみ退けな立ち障ふる娘子がほの聞きて我におこせし水縹の絹の帯を引帯なす韓帯に取らし海神の殿の甍に飛び翔るすがるのごとき腰細に取りよそほひまそ鏡取り並め掛けて己が顔かへらひ見つつ春さりて野辺を巡ればおもしろみ我を思へかさ野つ鳥来鳴き翔らふ秋さりて山辺を行けばなつかしと我を思へか天雲も行きたなびけるかへり立ち道を来ればうちひさす宮女さすたけの舎人壮士も忍ぶらひかへらひ見つつ誰が子そとや思はえてあるかくのごと為らえし故し古ささきし我やはしきやし今日やも児らにいさにとや思はえてあるかくのごと為らえし故し古の賢しき人も後の世の鑑にせむと老人を送りし車持ち帰り来し持ち帰り来し |
訓み | みどりごのわくごがみにはたらちしははにむだかえひむつきのはふこがみにはゆふかたぎぬひつらにぬひきうなつきのわらはがみにはゆひはたのそでつけごろもきしわれをにほひよるこらがよちにはみなのわたかぐろしかみをまくしもちここにかきたれとりつかねあげてもまきみときみだりわらはになしみさにつかふいろなつかしきむらさきのおほあやのきぬすみのえのとほさとをののまはりもちにほししきぬにこまにしきひもにぬひつけささふかさなふなみかさねきうつそやしをみのこらありきぬのたからのこらがうつたへはへておるぬのひさらしのあさてづくりをしきもなすはばきにとらしいへにふるいなきをみながつまどふとわれにおこせしをちかたのふたあやしたぐつとぶとりのあすかをとこがながめいみぬひしくろぐつさしはきてにはにたたずみそけなたちさふるをとめがほのききてわれにおこせしみはなだのきぬのおびをひきおびなすからおびにとらしわたつみのとののいらかにとびかけるすがるのごときこしぼそにとりよそほひまそかがみとりなめかけておのがかほかへらひみつつはるさりてのへをめぐればおもしろみわれをおもへかさのつとりきなきかけらふあきさりてやまへをゆけばなつかしとわれをおもへかあまくももゆきたなびけるかへりたちみちをくればうちひさすみやをみなさすたけのとねりをとこもしのぶらひかへらひみつつたがこそとやおもはえてあるかくのごとせらえしゆゑしいにしへささきしわれやはしきやしけふやもこらにいさにとやおもはえてあるかくのごとせらえしゆゑしいにしへのさかしきひとものちのよのかがみにせむとおいひとをおくりしくるまもちかへりこしもちかへりこし |
現代語訳 | 赤子の若様であった時には、足乳根(たらちね)の母に抱かれ、むつきに包まれた幼子の時には、木綿の肩衣に総裏を縫いつけて着、髪がうなじに垂れる程の子供の頃は、しぼり染の袖着衣を着ていた私だったが、匂うようなあなた方と同じ年ごろには、蜷の腸のようにまっ黒な髪をりっぱな櫛で、ここに長く梳(す)き垂らし、束ねて揚げたり巻いたり、また解き乱しては童児髪にしたりした。丹色をさしたなつかしい紫染の、花やかな綾織衣で、しかも住吉の遠里の野の榛で美しく彩った衣に、高麗錦を紐として縫いつけ、それをさしたり重ねたりして幾重にも重ねて着た。その上に、打麻の麻績の子や美しい衣の宝の子らが練り上げ、幾日もかかって織った布を、またよく日に曝した麻の手作りの布を、幾重ねの裳の如き脛裳につけ、幾日も家にこもる稲置の女が求婚するとて私に送って来た、彼方の二綾の靴下をはき、飛ぶ鳥の飛鳥の男が長雨の間をこもって縫った黒沓をはいて私は女の庭に佇(たたず)んだ。親が「帰れ、立つな」といって娘に逢うことを妨げる、逢い難き少女がほのかに私のことを聞いて送ってくれた水縹色の絹の帯を引帯のように韓帯として身につけ、海神の宮殿の屋根を飛びかける蜂のような細い腰に飾り、真澄の鏡を並べかけて自分の顔を何度も見ながら、春になって野べをめぐると、私を面白く思うからか、野の鳥は近づき来て鳴きめぐる。秋になって山べを歩くと、私をなつかしく思うからか、天雲も流れ行きたなびくことだった。帰ろうと道を歩いて来ると、日の輝く宮の女たちも、竹の根が伸びる宮に仕える男たちも、さり気なくふり返り見つつ、「どこの子だろう」と思われていた。このようにされて来たから、昔は華やかだった私は、いとしくも、今日あなた方に「どこの誰だろう」と思われているのか。このようにされて来たから、昔の賢人たちも、後世の鑑にしようと、老人を送った車を持ち帰って来たことよ。持ち帰って来たことよ。 |
歌人 | 作者未詳 / |
歌体 | 長歌 |
時代区分 | 不明 |
部立 | 有由縁 |
季節 | なし |
補足 | 竹取翁/たけとりのおきな/竹取翁 |
詠み込まれた地名 | 不明 / 不明 |
関連地名 | 【故地名】明日香 【故地名読み】あすか 【現在地名】奈良県高市郡明日香村 【故地説明】(飛鳥)奈良県高市郡明日香村およびその付近、広くは東は稲淵山、南は桧隈、西は軽にかけての丘陵地、北は桜井市・橿原市および高取町の1部を含むが、普通は中心部の島庄・橘あたりから雷丘へかけての飛鳥川流域をさす。 【故地名】韓(唐) 【故地名読み】から(から) 【故地説明】外国の総称。朝鮮および中国をいう。新羅をさす場合もある。カラはもと朝鮮半島南部の一国の称。 【故地名】高麗 【故地名読み】こま 【故地説明】朝鮮半島北部にあった高句麗。 【故地名】住吉 【故地名読み】すみのえ 【現在地名】大阪府大阪市住吉区 【故地説明】大阪市住吉区を中心とした一帯の地。海神をまつる住吉神社がある。当時開港場として知られていた。 【故地名】遠里小野 【故地名読み】とおさとおの 【現在地名】大阪府 【故地説明】大阪市住吉区遠里小野(おりおの)町・堺市遠里小野(おりおの)町の地。 【地名】住吉:遠里小野:1明日香:3高麗錦:韓帯 【現在地名】不明:大阪市住吉区遠里小野および堺市遠里小野町の地。:奈良県高市郡明日香村飛鳥を中心とする一帯の地:朝鮮半島北部にあった高句麗:朝鮮及び中国をいう。新羅をさす場合もある。 |