歌詳細

つのさはふ石見の海の言さへく辛の崎なる海石にそ深海松生ふる荒磯にそ玉藻は生ふる玉藻なす靡き寝し児を深海松の深めて思へどさ寝し夜はいくだもあらず延ふ蔦の別れし来れば肝向かふ心を痛み思ひつつかへりみすれど大船の渡の山の黄葉の散りのまがひに妹が袖さやにも見えず妻ごもる屋上の〔一に云ふ、室上山〕山の雲間より渡らふ月の惜しけども隠ろひ来れば天伝ふ入日さしぬれますらをと思へるわれも敷たへの衣の袖は通りて濡れぬ

項目 内容
番号 2-135
漢字本文 角障経石見之海乃言佐敞久辛乃埼有伊久里尒曽深海松生流荒礒尒曽玉藻者生流玉藻成靡寐之児乎深海松乃深目手思騰左宿夜者幾毛不有延都多乃別之来者肝向心乎痛念乍顧為騰大舟之渡乃山之黄葉乃散之乱尒妹袖清尒毛不見嬬隠有屋上乃〔一云、室上山〕山乃自雲間渡相月乃雖惜隠比来者天伝入日刺奴礼大夫跡念有吾毛敷妙乃衣袖者通而沾奴
読み下し文 つのさはふ石見の海の言さへく辛の崎なる海石にそ深海松生ふる荒磯にそ玉藻は生ふる玉藻なす靡き寝し児を深海松の深めて思へどさ寝し夜はいくだもあらず延ふ蔦の別れし来れば肝向かふ心を痛み思ひつつかへりみすれど大船の渡の山の黄葉の散りのまがひに妹が袖さやにも見えず妻ごもる屋上の〔一に云ふ、室上山〕山の雲間より渡らふ月の惜しけども隠ろひ来れば天伝ふ入日さしぬれますらをと思へるわれも敷たへの衣の袖は通りて濡れぬ
訓み つのさはふいはみのうみのことさへくからのさきなるいくりにそふかみるおふるありそにそたまもはおふるたまもなすなびきねしこをふかみるのふかめておもへどさねしよはいくだもあらずはふつたのわかれしくればきもむかふこころをいたみおもひつつかへりみすれどおほぶねのわたりのやまのもみちばのちりのまがひにいもがそでさやにもみえずつまごもるやがみの〔いつにいふ、むろかみやま〕やまのくもまよりわたらふつきのをしけどもかくろひくればあまつたふいりひさしぬれますらをとおもへるわれもしきたへのころものそではとほりてぬれぬ
現代語訳 角ばった岩石の石見の海の、言も通わぬ韓―辛の崎の海中の岩石には、底深く海松が生える。荒磯には美しい藻が生える。その玉藻のように靡き寄って寝た妻を、深海松のごとくも深く思うのだが、夜を共にした日も僅かで、蔓草のように離ればなれに別れて来たので、肝々と向かい合う心も痛み、思いを残しながらふり返り見るのだが、大船が海原を渡るような渡の山の黄葉が乱れ散って、妻の振る袖もはっきり見えず、妻とともに隠る屋上山の〔室上山の〕雲間に空を渡りゆく月のように、妻の里は隠れてしまったので、天空を西に移っていった夕日がさして来ると、雄々しい男子と思っている自分も、美しい衣の袖が涙で濡れ通ってしまった。
歌人 柿本朝臣人麻呂 / かきのもとのあそみひとまろ
歌人別名 人麻呂
歌体 長歌
時代区分 第2期
部立 相聞歌
季節 なし
補足 柿本人麻呂/かきのもとのひとまろ/柿本人麻呂
詠み込まれた地名 不明 / 不明
関連地名 【故地名】石見の海
【故地名読み】いわみのうみ
【現在地名】島根県
【故地説明】浜田市・那賀郡・江津市あたり、とくに大崎鼻から江川河口付近にかけての海。
【故地名】辛の崎
【故地名読み】からのさき
【現在地名】島根県
【故地説明】石見国内、所在諸説。(1)島根県浜田市国分町唐鐘付近。(2)江津市波子町の大鼻崎。(3)太田市大字宅野町の韓島。(4)江津市和木町の岬。
【故地名】室上山
【故地名読み】むろかみやま
【現在地名】島根県江津市
【故地説明】→屋上の山
【故地名】屋上の山
【故地名読み】やがみのやま
【現在地名】島根県江津市
【故地説明】島根県江津市浅利町から松川町八神・太田・渡津町にわたる室神山(通称浅利富士・高仙ともいう、246メートル)。一説に同市八神の地の山。
【故地名】渡の山
【故地名読み】わたりのやま
【現在地名】島根県江津市
【故地説明】所在未詳。島根県江津市渡津町付近の山。一説に江津市を流れる江川河口の渡し場付近に山。
【地名】石見の海:辛の崎:渡りの山:屋上の山〈室上山〉
【現在地名】島根県の西部の海:所在未詳:所在未詳:島根県江津市浅利の高仙山か<「屋上の山」の別名か>