歌詳細

石見の海津の浦を無み浦無しと人こそ見らめ潟無しと人こそ見らめよしゑやし浦は無くともよしゑやし潟は無くとも鯨魚とり海辺をさしてにきた津の荒磯の上にか青なる玉藻沖つ藻明け来れば波こそ来寄せ夕されば風こそ来寄せ波のむたか寄りかく寄る玉藻なす靡きわが寝し敷たへの妹が手本を露霜の置きてし来ればこの道の八十隈ごとに万度かへりみすれどいや遠に里離り来ぬいや高に山も越え来ぬはしきやしわが妻の児が夏草の思ひしなえて嘆くらむ角の里見む靡けこの山

項目 内容
番号 2-138
漢字本文(題詞) 或本歌一首〔并短歌〕
漢字本文 石見之海津乃浦乎無美浦無跡人社見良米滷無跡人社見良目吉咲八師浦者雖無縦恵夜思滷者雖無勇魚取海邊乎指而柔田津乃荒磯之上尒蚊青生玉藻息都藻明来者浪己曽来依夕去者風己曽来依浪之共彼依此依玉藻成靡吾宿之敷妙之妹之手本乎露霜乃置而之来者此道之八十隈毎万段顧雖為弥遠尒里放来奴益高尒山毛越来奴早敷屋師吾嬬乃児我夏草乃思志萎而将嘆角里将見靡此山
読み下し文(題詞) 或る本の歌一首〔并せて短歌〕
読み下し文 石見の海津の浦を無み浦無しと人こそ見らめ潟無しと人こそ見らめよしゑやし浦は無くともよしゑやし潟は無くとも鯨魚とり海辺をさしてにきた津の荒磯の上にか青なる玉藻沖つ藻明け来れば波こそ来寄せ夕されば風こそ来寄せ波のむたか寄りかく寄る玉藻なす靡きわが寝し敷たへの妹が手本を露霜の置きてし来ればこの道の八十隈ごとに万度かへりみすれどいや遠に里離り来ぬいや高に山も越え来ぬはしきやしわが妻の児が夏草の思ひしなえて嘆くらむ角の里見む靡けこの山
訓み いはみのうみつのうらをなみうらなしとひとこそみらめかたなしとひとこそみらめよしゑやしうらはなくともよしゑやしかたはなくともいさなとりうみへをさしてにきたづのありそのうへにかあをなるたまもおきつもあけくればなみこそきよせゆふさればかぜこそきよせなみのむたかよりかくよるたまもなすなびきわがねししきたへのいもがたもとをつゆしものおきてしくればこのみちのやそくまごとによろづたびかへりみすれどいやとほにさとさかりきぬいやたかにやまもこえきぬはしきやしわがつまのこがなつくさのおもひしなえてなげくらむつののさとみむなびけこのやま
現代語訳 石見の海の津の浦がないので、よい浦がないと人は見るだろう。よい潟もないと人は見るだろう。たとえ浦はなくても、たとえ潟はなくても、鯨(くじら)もとれるほどの海の、この海岸に向けて、にきた津の荒磯のほとりに、青々と生える美しい藻、海底深く生える藻を、夜が明けると波が寄せて来るし、夕方になると夕風が寄せて来る。この波といっしょに寄って来る玉藻のように寄り添って寝た美しい妻の袖を露や霜の置くように後に置いて来たので、この旅路の多くの曲がり角ごとに、何度もふりかえって見るけれど、ますます遠く妻の里は離れてしまった。ますます高く山も越えて来たことだ。愛しい妻が夏草のように思いしおれて、私のことを思って嘆いているだろう津野の里を、わたしは見たい。靡け、この山よ。
歌人 柿本朝臣人麻呂 / かきのもとのあそみひとまろ
歌人別名 人麻呂
歌体 長歌
時代区分 第2期
部立 相聞歌
季節 なし
補足 柿本人麻呂/かきのもとのひとまろ/柿本人麻呂
詠み込まれた地名 不明 / 不明
関連地名 【故地名】石見の海
【故地名読み】いわみのうみ
【現在地名】島根県
【故地説明】浜田市・那賀郡・江津市あたり、とくに大崎鼻から江川河口付近にかけての海。
【故地名】角の里
【故地名読み】つののさと
【現在地名】島根県江津市
【故地説明】島根県江津市都野津町一帯の地。
【故地名】津の浦
【故地名読み】つのうら
【現在地名】島根県江津市
【故地説明】角の浦のこと。→角の浦
【故地名】和田津
【故地名読み】にきたづ
【現在地名】島根県江津市
【故地説明】島根県江津市都野津町付近、所在未詳。一説にワタヅと訓み、江津市渡津町の江川河口付近。
【地名】石見の海:にきたつ:角の里
【現在地名】島根県の西部の海:島根県江津市の付近であろうが、所在不明:島根県江津市都野津町一帯の里