歌詳細

朝されば妹が手にまく鏡なす御津の浜辺に大船にま梶しじ貫き韓国に渡り行かむと直向かふ敏馬をさして潮待ちて水脈引き行けば沖辺には白波高み浦廻より漕ぎて渡れば吾妹子に淡路の島は夕されば雲居隠りぬさ夜更けて行くへを知らに我が心明石の浦に船泊めて浮き寝をしつつわたつみの沖辺を見ればいざりする海人の娘子は小船乗りつららに浮けり暁の潮満ち来れば葦辺には鶴鳴き渡る朝なぎに船出をせむと船人も水手も声呼びにほ鳥のなづさひ行けば家島は雲居に見えぬ我が思へる心和ぐやと早く来て見むと思ひて大船を漕ぎ我が行けば沖つ波高く立ち来ぬ外のみに見つつ過ぎ行き玉の浦に船を留めて浜辺より浦磯を見つつ泣く子なす音のみし泣かゆ海神の手巻の玉を家づとに妹に遣らむと拾ひ取り袖には入れて返し遣る使ひなければ持てれども験をなみとまた置きつるかも

項目 内容
番号 15-3627
漢字本文(題詞) 属物發思歌一首〔并短歌〕
漢字本文 安佐散礼婆伊毛我手尒麻久可我美奈須美津能波麻備尒於保夫祢尒真可治之自奴伎可良久尒〻和多理由加武等多太牟可布美奴面乎左指天之保麻知弖美乎妣伎由氣婆於伎敝尒波之良奈美多可美宇良末欲理許芸弖和多礼婆和伎毛故尒安波治乃之麻波由布左礼婆久毛為可久里奴左欲布氣弖由久敝乎之良尒安我己許呂安可志能宇良尒布祢等米弖宇伎祢乎詞都追和多都美能於枳敝乎見礼婆伊射理須流安麻能乎等女波小船乗都良〻尒宇家里安香等吉能之保美知久礼婆安之弁尒波多豆奈伎和多流安左奈芸尒布奈弖乎世牟等船人毛鹿子毛許恵欲妣柔保等里能奈豆左比由氣婆伊敝之麻婆久毛為尒美延奴安我毛敝流許己呂奈具也等波夜久伎弖美牟等於毛比弖於保夫祢乎許芸和我由氣婆於伎都奈美多可久多知伎奴与曽能未尒見都追須疑由伎多麻能宇良尒布祢乎等杼米弖波麻備欲里宇良伊蘇乎見都追奈久古奈須祢能未之奈可由和多都美能多麻伎能多麻乎伊敝都刀尒伊毛尓也良牟等比里比登里素弖尒波伊礼弖可敝之也流都可比奈家礼婆毛弖礼杼毛之留思乎奈美等麻多於伎都流可毛
読み下し文(題詞) 物に属きて思を発せる歌一首〔并せて短歌〕
読み下し文 朝されば妹が手にまく鏡なす御津の浜辺に大船にま梶しじ貫き韓国に渡り行かむと直向かふ敏馬をさして潮待ちて水脈引き行けば沖辺には白波高み浦廻より漕ぎて渡れば吾妹子に淡路の島は夕されば雲居隠りぬさ夜更けて行くへを知らに我が心明石の浦に船泊めて浮き寝をしつつわたつみの沖辺を見ればいざりする海人の娘子は小船乗りつららに浮けり暁の潮満ち来れば葦辺には鶴鳴き渡る朝なぎに船出をせむと船人も水手も声呼びにほ鳥のなづさひ行けば家島は雲居に見えぬ我が思へる心和ぐやと早く来て見むと思ひて大船を漕ぎ我が行けば沖つ波高く立ち来ぬ外のみに見つつ過ぎ行き玉の浦に船を留めて浜辺より浦磯を見つつ泣く子なす音のみし泣かゆ海神の手巻の玉を家づとに妹に遣らむと拾ひ取り袖には入れて返し遣る使ひなければ持てれども験をなみとまた置きつるかも
訓み あささればいもがてにまくかがみなすみつのはまびにおほふねにまかぢしじぬきからくににわたりゆかむとただむかふみぬめをさしてしほまちてみをびきゆけばおきへにはしらなみたかみうらまよりこぎてわぎもこにあはぢのしまはゆふさればくもゐかくりぬさよふけてゆくへをしらにあがこころあかしのうらにふねとめてうきねをしつつわたつみのおきへをみればいざりするあまのをとめはをぶねのりつららあかときのしほみちくればあしべにはたづなきわたるあさなぎにふなでをせむとふなびともかこもこゑよびにほどりのなづさひゆけばいへしまはくもゐにみえぬあがもへるこころなぐやとはやくきてみむとおほぶねをこぎわがゆけばおきつなみたかくたちきぬよそのみにみつつすぎゆきたまのうらにふねをとどめてはまびよりうらいそをみつつなくこなすねのみしなかゆわたつみのたまきのたまをいへづとにいひりひとりそでにはいれてかへしやるつかひなければもてれどもしるしをなみとまたおきつるかも
現代語訳 朝になると妻が手にとる鏡のような御津(見つ)の海べで、大船に楫を一面にとりつけ、韓国に行こうとして、真向かいの敏馬を目指し、潮ぐあいを見ながら水脈ぞいに行く。沖の方は白波が高いので海岸を伝って漕いでゆくと、吾妹子に逢う淡路島は、夕暮の雲に隠れてしまった。夜がふけて行先が判らないので、私の心も明石(明し)の海岸に船を泊める。船上に漂いつつ身を横たえ、大海の沖を眺めると、漁をする海人の娘たちが小さな舟に乗って、点々と浮かんでいる。暁の潮が満ちて来ると、葦のほとりに鶴が鳴いて飛ぶ。朝の凪に船出をしようとして、船に乗る人も船頭も声をかけ合い、かいつぶりのように浮き沈みしてゆくと、名もしたわしい家島が雲の方に見えて来た。この物思いに沈む心も柔らぐかと、早くいって見ようと思いつつ大船を漕いでゆくと、沖からの波が高々と寄せて来た。仕方なく遠目にだけ見ながら過ぎて行き、玉の浦に船をとめて海岸から浦の磯を見ていると、子どもが泣くようにさめざめと泣けてしまう。せめて、海の神が手にまき持つという白玉を土産(みやげ)として妻にやろうと思って拾いとり、袖には入れるのだが、さて帰してやる使いの者もいないので、持っていても仕方がないと、また捨てることだ。
歌人 作者未詳 /
歌体 長歌
時代区分 第4期
部立 なし
季節 なし
補足 不明//
詠み込まれた地名 不明 / 不明
関連地名 【故地名】明石の浦
【故地名読み】あかしのうら
【現在地名】兵庫県明石市
【故地説明】明石の海潟。
【故地名】淡路の島
【故地名読み】あわじのしま
【現在地名】兵庫県
【故地説明】兵庫県の淡路島。
【故地名】家島
【故地名読み】いえしま
【現在地名】兵庫県飾磨郡家島町
【故地説明】兵庫県飾磨郡家島町。姫路市の南部飾磨港の西南18キロ播磨灘洋上に散在する家島群島の主島。
【故地名】韓国
【故地名読み】からくに
【故地説明】外国の総称。朝鮮および中国をいう。新羅をさす場合もある。カラはもと朝鮮半島南部の一国の称。
【故地名】玉の浦(2)
【故地名読み】たまのうら
【現在地名】岡山県
【故地説明】所在未詳。岡山県の水島灘に面いた玉野市の海浜か。玉野市玉・岡山市東片岡とする説、また倉敷市玉島とする説もある。
【故地名】三津の浜
【故地名読み】みつのはま
【現在地名】大阪府大阪市
【故地説明】難波(大阪市)の湊、所在未詳。→難波の御津・大伴の御津上町台地の西方にあった海浜地で大阪市南区三津寺町はその遺称か。(1)
【故地名】敏馬
【故地名読み】みぬめ
【現在地名】兵庫県神戸市
【故地説明】兵庫県神戸市灘区岩屋中町の式内汶売(敏馬)神社付近の地。
【地名】三津の浜辺:韓国:敏馬:淡路の島:明石の浦:家島:玉の浦
【現在地名】三津は「大伴の三津」(三五九三)に同じ。大伴は現在の大阪市から堺市にかけての総名。:朝鮮半島南部の旧称。:神戸市灘区岩屋町付近。:淡路島。:兵庫県明石市付近の海岸。:兵庫県飾磨郡家島町。姫路市南部飾磨港の西南約一八キロメートル沖にある群島。:岡山県倉敷市玉島の