歌詳細

大君の遠の朝廷そみ雪降る越と名に負へる天離る鄙にしあれば山高み川とほしろし野を広み草こそ繁き鮎走る夏の盛りと島つ鳥鵜養が伴は行く川の清き瀬ごとに篝さしなづさひ上る露霜の秋に至れば野もさはに鳥すだけりとますらをの伴誘ひて鷹はしもあまたあれども矢形尾の吾が大黒に〔大黒は蒼鷹の名なり〕白塗の鈴取り付けて朝狩に五百つ鳥立て夕狩に千鳥踏み立て追ふごとに許すことなく手放れもをちもかやすきこれをおきてまたはあり難しさ並べる鷹はなけむと心には思ひ誇りて笑まひつつ渡る間に狂れたる醜つ翁の言だにも我には告げずとの曇り雨の降る日を鳥狩すと名のみを告りて三島野をそがひに見つつ二上の山飛び越えて雲隠り翔り去にきと帰り来てしはぶれ告ぐれ招くよしのそこになければ言ふすべのたどきを知らに心には火さへ燃えつつ思ひ恋ひ息づき余りけだしくも逢ふことありやとあしひきのをてもこのもに鳥網張り守部をすゑてちはやぶる神の社に照る鏡倭文に取り添へ乞ひ祷みて吾が待つ時に娘子らが夢に告ぐらく汝が恋ふるその秀つ鷹は松田江の浜行き暮らしつなし捕る氷見の江過ぎて多祜の島飛びたもとほり葦鴨のすだく旧江に一昨日も昨日もありつ近くあらばいま二日だみ遠くあらば七日のをちは過ぎめやも来なむ我が背子ねもころにな恋ひそよとそいまに告げつる

項目 内容
番号 17-4011
漢字本文(題詞) 思放逸鷹夢見、感悦作歌一首<并短歌>
漢字本文 大王乃等保能美可度曽美雪落越登名尒於敝流安麻射可流比奈尒之安礼婆山高美河登保之呂思野乎比呂美久佐許曽之既吉安由波之流奈都能左加利等之麻都等里鵜養我登母波由久加波乃伎欲吉瀬其等尒可賀里左之奈豆佐比能保流露霜乃安伎尒伊多礼婆野毛佐波尒等里須太家里等麻須良乎能登母伊射奈比弖多加波之母安麻多安礼等母矢形尾乃安我大黒尒〔大黒者蒼鷹之名也〕之良奴里能鈴登里都氣弖朝獦尒伊保都登里多氐暮獦尒知登理布美多氐於敷其等迩由流須許等奈久手放毛乎知母可夜須伎許礼乎於伎氐麻多波安里我多之左奈良敝流多可波奈家牟等情尒波於毛比保許里弖恵麻比都追和多流安比太尒多夫礼多流之許都於吉奈乃許等太尒母吾尒波都氣受等乃具母利安米能布流日乎等我理須等名乃未乎能里弖三嶋野乎曽我比尒見都追二上山登妣古要氐久母我久理可氣理伊尒伎等可敝理伎弖之波夫礼都具礼呼久余思乃曽許尒奈家礼婆伊敷須敝能多騰伎乎之良尒心尒波火佐倍毛要都追於母比孤悲伊伎豆吉安麻利氣太之久毛安布許等安里也等安之比奇能乎氐母許乃毛尒等奈美波里母利敝乎須恵氐知波夜夫流神社尒氐流鏡之都尒等里蘇倍己比能美弖安我麻都等吉尒乎登売良我伊米尒都具良久奈我古敷流曽能保追多加波麻追太要乃波麻由伎具良之都奈之等流比美乃江過弖多古能之麻等妣多毛登保里安之我母乃須太久旧江尒乎等都日毛伎能敷母安里追知加久安良婆伊麻布都可太未等保久安良婆奈奴可乃乎知波須疑米也母伎奈牟和我勢故祢毛許呂尒奈孤悲曽余等曽伊麻尒都氣都流
読み下し文(題詞) 放逸せる鷹を思ひて、夢に見、感悦びて作れる歌一首<并せて短歌>
読み下し文 大君の遠の朝廷そみ雪降る越と名に負へる天離る鄙にしあれば山高み川とほしろし野を広み草こそ繁き鮎走る夏の盛りと島つ鳥鵜養が伴は行く川の清き瀬ごとに篝さしなづさひ上る露霜の秋に至れば野もさはに鳥すだけりとますらをの伴誘ひて鷹はしもあまたあれども矢形尾の吾が大黒に〔大黒は蒼鷹の名なり〕白塗の鈴取り付けて朝狩に五百つ鳥立て夕狩に千鳥踏み立て追ふごとに許すことなく手放れもをちもかやすきこれをおきてまたはあり難しさ並べる鷹はなけむと心には思ひ誇りて笑まひつつ渡る間に狂れたる醜つ翁の言だにも我には告げずとの曇り雨の降る日を鳥狩すと名のみを告りて三島野をそがひに見つつ二上の山飛び越えて雲隠り翔り去にきと帰り来てしはぶれ告ぐれ招くよしのそこになければ言ふすべのたどきを知らに心には火さへ燃えつつ思ひ恋ひ息づき余りけだしくも逢ふことありやとあしひきのをてもこのもに鳥網張り守部をすゑてちはやぶる神の社に照る鏡倭文に取り添へ乞ひ祷みて吾が待つ時に娘子らが夢に告ぐらく汝が恋ふるその秀つ鷹は松田江の浜行き暮らしつなし捕る氷見の江過ぎて多祜の島飛びたもとほり葦鴨のすだく旧江に一昨日も昨日もありつ近くあらばいま二日だみ遠くあらば七日のをちは過ぎめやも来なむ我が背子ねもころにな恋ひそよとそいまに告げつる
訓み おほきみのとほのみかどそみゆきふるこしとなにおへるあまざかるひなにしあればやまたかみかはとほしろしのをひろみくさこそしげきあゆはしるなつのさかりとしまつとりうかひがともはゆくかはのきよきせごとにかがりさしなづさひのぼるつゆしものあきにいたればのもさはにとりすだけりとますらをのともいざなひてたかはしもあまたあれどもやかたをのあがおほぐろに〔おほぐろはおほたかのななり〕しらぬりのすずとりつけてあさかりにいほつとりたてゆふかりにちとりふみたておふごとにゆるすことなくたばなれもをちもかやすきこれをおきてまたはありがたしさならべるたかはなけむとこころにはおもひほこりてゑまひつつわたるあひだにたぶれたるしこつおきなのことだにもわれにはつげずとのぐもりあめのふるひをとがりすとなのみをのりてみしまのをそがひにみつつふたがみのやまとびこえてくもがくりかけりいにきとかへりきてしはぶれつぐれをくよしのそこになければいふすべのたどきをしらにこころにはひさへもえつつおもひこひいきづきあまりけだしくもあふことありやとあしひきのをてもこのもにとなみはりもりべをすゑてちはやぶるかみのやしろにてるかがみしつにとりそへこひのみてあがまつときにをとめらがいめにつぐらくながこふるそのほつたかはまつだえのはまゆきぐらしつなしとるひみのえすぎてたこのしまとびたもとほりあしがものすだくふるえにをとつひもきのふもありつちかくあらばいまふつかだみとほくあらばなぬかのをちはすぎめやもきなむわがせこねもころになこひそよとそいまにつげつる
現代語訳 ここ、天皇の遠い朝廷は、み雪の降る越を名にもつ、空の果ての鄙なので、山が高くそのゆえに川は雄大に流れている。野が広いので、草は一面生いしげる。そこで、鮎の走りおよぐ真夏には、島に住む鳥の鵜を飼う人々は、流れ清き川の瀬ごとに、篝火をたいて水の中に鮎を追いかける。露や霜がおりる秋になると、あちこちの野に鳥が群れ騒ぐとて、大夫たちは仲間を誘って鷹狩に出かける。さて、鷹狩の鷹も多くいるだろうが、矢形の尾をもつ、我が大黒に銀色の鈴をとりつけ、朝狩・夕狩にたくさんの小鳥たちを追い立て驚かてして追うと、大黒は必ず逃がさなかったし、手から飛び立つのも、手元に戻るのも自在であった。これ以外には鷹はいないだろう、比べられる鷹もないだろうと、心の中に自慢して喜んでいたのに、やがて何という気ちがいの老人だろう、一言も私にいわず、空が一面に曇って雨の降る日に、鷹狩をしますと形だけ告げて、大黒をつれ出したところ、大黒は三島野を後にして、二上山を飛び越え雲の彼方に翔り去ってしまったと、帰って来て咳をしながら言うことよ。こうなれば呼び戻す方法もないので、心の無念さはいいようもなく、心の中は火が燃えるように恋しく思い、嘆きつづけた果てに、ひょっとして逢えるかもしれないと、あしひきの山のあちこちに鳥網を張り、見張りを立て、神威ふるう神の社にはりっぱな鏡を倭文幣に添えて捧げ、大黒が帰るのを祈りつつ待っている時に、巫女の娘が夢の中でこう私に告げた。「あなたの慕っているあのすぐれた鷹は、松田江の海岸を飛びくらし、鯯をとる氷見の入江を過ぎて多祜の島の上を飛びまわり、葦べの鴨が鳴き騒ぐ古江に、一昨日と昨日はいました。早ければもう二日ほど、遅くても七日後にはならないでしょう。帰って来ますよ。あなた、そんなに心を尽くして慕いませんように」とこそ、夢の中で告げた。
歌人 大伴宿禰家持 / おほとものすくねやかもち
歌人別名 少納言, 家持, 越中国守, 大伴家持, 守, 少納言, 大帳使, 家持, 主人 / せうなごん, やかもち
歌体 長歌
時代区分 第4期
部立 なし
季節
補足 大伴家持/おほとものやかもち/大伴家持
詠み込まれた地名 越中 / 富山
関連地名 【故地名】越
【故地名読み】こし
【故地説明】越前・加賀・能登・越中・越後など北陸地方の総称、現在の福井(東部)、石川・富山・新潟の諸県にあたる。
【故地名】多祜の島
【故地名読み】たこのしま
【現在地名】富山県氷見市
【故地説明】どの地点をさすかは未詳。
【故地名】氷見の江
【故地名読み】ひみのえ
【現在地名】富山県氷見市
【故地説明】富山県氷見市北方にあった布勢の水海の氷見の海をつなぐ水路の入江か。氷見の海説・布勢の水海の入江説もある。→布勢
【故地名】二上の山
【故地名読み】ふたがみのやま
【現在地名】富山県高岡市
【故地説明】富山県高岡市と氷見市との間の二上山(259メートル)。山頂は高岡市。
【故地名】古江
【故地名読み】ふるえ
【現在地名】富山県氷見市
【故地説明】富山県氷見市神代・古江など一帯の地。二上山北麓。かつての布勢の水海の南岸にあたる。
【故地名】松田江の浜
【故地名読み】まつだえのはま
【現在地名】富山県
【故地説明】富山県高岡市のJR雨晴駅付近から氷見市街にかけての海浜。
【故地名】三島野
【故地名読み】みしまの
【現在地名】富山県射水郡
【故地説明】越中国射水郡内、所在未詳。富山県射水郡大門町二口の地か。
【地名】越:三島野:二上の山:松田江:氷見の江:多の島:旧江
【現在地名】越前・越中・越後三国の総称。:越中国府のあった富山県高岡市伏木の南約八キロメートル、射水郡大門町南部、二口・堀内の辺か。:富山県高岡市の北方にある山。:富山県高岡市の北方、JR氷見線雨晴駅の付近から氷見市街地にかけての長汀白砂の海岸。:富山県氷見市内を流