歌詳細

大汝少彦名の神代より言ひ継ぎけらく父母を見れば貴く妻子見ればかなしくめぐしうつせみの世の理とかくさまに言ひけるものを世の人の立つる言立ちさの花咲ける盛りにはしきよしその妻の児と朝夕に笑みみ笑まずもうち嘆き語りけまくはとこしへにかくしもあらめや天地の神言寄せて春花の盛りもあらむと待たしけむ時の盛りそ離れ居て嘆かす妹がいつしかも使の来むと待たすらむ心さぶしく南風吹き雪消まさりて射水川流る水沫の寄るへなみ左夫流その児に紐の緒のいつがりあひてにほ鳥の二人並び居奈呉の海の沖を深めてさどはせる君が心のすべもすべなさ〔左夫流といふは遊行女婦の字なり〕

項目 内容
番号 18-4106
漢字本文(題詞) 教喩史生尾張少咋歌一首〔并短歌〕
七出例云、
但犯一條、即合出之。無七出輙弃者、徒一年半。
三不去云、
雖犯七出不合弃之。違者杖一百。唯、犯悪疾得弃之。
兩妻例云、
有妻更娶者徒一年。女家杖一百離之。
詔書云、
愍賜義夫節婦。
謹案、先件數條、建法之基、化道之源也。然則義夫之道、情存無別、一家同財。
豈有忘舊愛新之志哉。所以綴作數行之歌、令悔弃舊之惑。其詞曰、
漢字本文 於保奈牟知須久奈比古奈野神代欲里伊比都芸家良久父母乎見波多布刀久妻子見波可奈之久米具之宇都世美能余乃許等和利止可久佐末尒伊比家流物能乎世人能多都流許等太弖知左能花佐家流沙加利尒波之吉余之曽能都末能古等安沙余比尒恵美〻恵末須毛宇知奈氣支可多里家末久波等己之部尒可久之母安良米也天地能可未許等余勢天春花能佐可里裳安良牟等末多之家牟等吉能沙加利曽波奈礼居弖奈介可須移母我何時可毛都可比能許牟等末多須良无心左夫之苦南吹雪消益而射水河流水沫能余留弊奈美左夫流其児尒比毛能緒能移都我利安比弖尒保騰里能布多理双坐那呉能宇美能於支乎布可米天左度波世流支美我許己呂能須敝母須敝奈佐〔言佐夫流者、遊行女婦之字也〕
読み下し文(題詞) 史生尾張少咋を教へ喩せる歌一首〔并せて短歌〕
七出の例に云はく、
ただ一条を犯さば、即ち出すべし。七出無くして輙く棄つる者は、徒一年半なりといふ。
三不去に云はく、
七出を犯すとも棄つべからず。違へる者は杖一百なり。ただ、を犯せると悪疾とは棄つることを得といふ。
両妻の例に云はく、
妻有りて更に娶る者は、徒一年なり。女家は杖一百にして離てといふ。
詔書に云はく、
義夫節婦を愍み賜ぶといふ。
謹みて案ずるに、先の件の数条は、法を建つる基、道に化くる源なり。然らば則ち義夫の道は、情の別なきことに存り、一家は財を同じくす。
豈旧きを忘れ新しきを愛づる志有らめや。所以に数行の歌を綴り作し、旧きを棄つる惑を悔いしむ。その詞に曰はく、
読み下し文 大汝少彦名の神代より言ひ継ぎけらく父母を見れば貴く妻子見ればかなしくめぐしうつせみの世の理とかくさまに言ひけるものを世の人の立つる言立ちさの花咲ける盛りにはしきよしその妻の児と朝夕に笑みみ笑まずもうち嘆き語りけまくはとこしへにかくしもあらめや天地の神言寄せて春花の盛りもあらむと待たしけむ時の盛りそ離れ居て嘆かす妹がいつしかも使の来むと待たすらむ心さぶしく南風吹き雪消まさりて射水川流る水沫の寄るへなみ左夫流その児に紐の緒のいつがりあひてにほ鳥の二人並び居奈呉の海の沖を深めてさどはせる君が心のすべもすべなさ〔左夫流といふは遊行女婦の字なり〕
訓み おほなむちすくなひこなのかみよよりいひつぎけらくちちははをみればたふとくめこみればかなしくめぐしうつせみのよのことわりとかくさまにいひけるものをよのひとのたつることだてちさのはなさけるさかりにはしきよしそのつまのことあさよひにゑみみゑまずもうちなげきかたりけまくはとこしへにかくしもあらめやあめつちのかみことよせてはるはなのさかりもあらむとまたしけむときのさかりそはなれゐてなげかすいもがいつしかもつかひのこむとまたすらむこころさぶしくみなみふきゆきけまさりていみづがはながるみなわのよるへなみさぶるそのこにひものをのいつがりあひてにほどりのふたりならびゐなごのうみのおきをふかめてさどはせるきみがこころのすべもすべなさ〔さぶるといふはうかれめのあざななり〕
現代語訳 大汝の神や少彦名のおられた神代以来言い伝えてきたことには、「父母を見ると尊く、妻子を見るとかわいくいとしい。それが現世の理くつである」と、そう言い伝えてきたものを。世間の人がしばしば口ににする誓いだが、ちさの花のまっ盛りのようにいとしい妻と、朝夕に喜びや悲しみを分かちつつ、嘆息して語ったことには、「いつまでもこう貧しくはいまい。天地の神々ののお力で、春の花のように栄える時も来よう」といいつつあなたが待っていた盛りが、今ではないか。遠く離れて都で待ちわびておられたあなたの妻は、使いが来るのも遅いと、待っておられるだろう。その気持を寂しくさせて、春の南風が吹くにつれて雪解け水をます射水川に流れる水沫のように寄るべなく寂しい、その左夫流児と、あなたは紐の緒のように親しみ合い、鳰鳥のように二人つれ立ち、奈呉の海の沖ほどに心深く迷ってしまっておられる。その気持がせん術もないことよ。
歌人 大伴宿禰家持 / おほとものすくねやかもち
歌人別名 少納言, 家持, 越中国守, 大伴家持, 守, 少納言, 大帳使, 家持, 主人 / せうなごん, やかもち
歌体 長歌
時代区分 第4期
部立 なし
季節
補足 大伴家持/おほとものやかもち/大伴家持
詠み込まれた地名 越中 / 富山
関連地名 【故地名】射水川
【故地名読み】いみずがわ
【現在地名】富山県
【故地説明】小矢部川(岐阜県境から出て、砺波を流れ、高岡市伏木で富山湾に注ぐ)のこと。古昔は現在の庄川も小矢部川に合流して射水川となっていた。
【故地名】奈呉の海
【故地名読み】なごのうみ
【現在地名】富山県新湊市
【故地説明】富山県高岡市伏木と小矢部川(もとの射水川)をはさんで東方の新湊市の西部海浜および放生津一帯の地。
【地名】射水川
【現在地名】小矢部川。富山県西南部の大門山に発し、小矢部市を経て高岡市伏木で富山湾に注ぐ。