歌詳細

かけまくもあやに恐し天皇の神の大御代に田道間守常世に渡り八矛持ち参出来し時時じくのかくの木の実を恐くも残したまへれ国も狭に生ひ立ち栄え春されば孫枝萌いつつほととぎす鳴く五月には初花を枝に手折りて娘子らにつとにも遣りみ白たへの袖にも扱入れかぐはしみ置きて枯らしみあゆる実は玉に貫きつつ手に巻きて見れども飽かず秋づけばしぐれの雨降りあしひきの山の木末は紅ににほひ散れども橘の成れるその実はひた照りにいや見が欲しくみ雪降る冬に至れば霜置けどもその葉も枯れず常磐なすいやさかばえに然れこそ神の御代より宜しなへこの橘を時じくのかくの木の実と名付けけらしも

項目 内容
番号 18-4111
漢字本文(題詞) 橘歌一首〔并短歌〕
漢字本文 可氣麻久母安夜尒加之古思皇神租乃可見能大御世尒田道間守常世尒和多利夜保許毛知麻為泥許之登吉時支能香久乃菓子乎可之古久母能許之多麻敝礼国毛勢尒於非多知左加延波流左礼婆孫枝毛伊都追保登等芸須奈久五月尒波波都波奈乎延太尒多乎理弖乎登女良尒都刀尒母夜里美之路多倍能蘇泥尒毛古伎礼香具播之美於枳弖可良之美安由流実波多麻尒奴伎都追手尒麻吉弖見礼騰毛安加受秋豆氣婆之具礼乃雨零阿之比奇能夜麻能許奴礼波久礼奈為尒仁保比知礼止毛多知波奈乃成流其実者比太照尒伊夜見我保之久美由伎布流冬尒伊多礼婆霜於氣騰母其葉毛可礼受常盤奈須伊夜佐加波延尒之可礼許曽神乃御代欲理与呂之奈倍此橘乎等伎自久能可久能木実等名附家良之母
読み下し文(題詞) 橘の歌一首〔并せて短歌〕
読み下し文 かけまくもあやに恐し天皇の神の大御代に田道間守常世に渡り八矛持ち参出来し時時じくのかくの木の実を恐くも残したまへれ国も狭に生ひ立ち栄え春されば孫枝萌いつつほととぎす鳴く五月には初花を枝に手折りて娘子らにつとにも遣りみ白たへの袖にも扱入れかぐはしみ置きて枯らしみあゆる実は玉に貫きつつ手に巻きて見れども飽かず秋づけばしぐれの雨降りあしひきの山の木末は紅ににほひ散れども橘の成れるその実はひた照りにいや見が欲しくみ雪降る冬に至れば霜置けどもその葉も枯れず常磐なすいやさかばえに然れこそ神の御代より宜しなへこの橘を時じくのかくの木の実と名付けけらしも
訓み かけまくもあやにかしこしすめろきのかみのおほみよにたぢまもりとこよにわたりやほこもちまゐでこしときときじくのかくのこのみをかしこくものこしたまへれくにもせにおひたちさかえはるさればひこえもいつつほととぎすなくさつきにははつはなをえだにたをりてをとめらにつとにもやりみしろたへのそでにもこきれかぐはしみおきてからしみあゆるみはたまにぬきつつてにまきてみれどもあかずあきづけばしぐれのあめふりあしひきのやまのこぬれはくれなゐににほひちれどもたちばなのなれるそのみはひたてりにいやみがほしくみゆきふるふゆにいたればしもおけどもそのはもかれずときはなすいやさかはえにしかれこそかみのみよよりよろしなへこのたちばなをときじくのかくのこのみとなづけけらしも
現代語訳 口にするのもまことにおそれ多い、遠い天皇の御代に田道間守が常世の国に渡って、八矛を持ち帰ってきた時、時じくの香の果実としてこの橘をわが国に伝え残されたので、今は国中に成育し、春になると若枝を伸ばす。ほととぎすが鳴く五月には咲きはじめた花を枝ごと手折り、少女たちに贈り物としたり、白妙の袖にもしごき入れたりし、香りのよさにそのまま花を枯らせて落ちた実は玉として紐に通しては手に巻きつけて、いつまでも見飽きない。秋になると時雨が降ってあしひきの山の木々は、梢を紅いろに染めて散ってしまうのだけれども、橘が結んだ実はつやつやと輝いて、ますます目をひくことだ。やがて雪の降る冬になると、霜がおりるのに橘の葉だけは枯れない。いつまでも一層栄え輝き、そのゆえにこそ、神代の昔から、なるほどこの橘を時じくの香の木の実と名づけたらしいよ。
歌人 大伴宿禰家持 / おほとものすくねやかもち
歌人別名 少納言, 家持, 越中国守, 大伴家持, 守, 少納言, 大帳使, 家持, 主人 / せうなごん, やかもち
歌体 長歌
時代区分 第4期
部立 なし
季節
補足 大伴家持/おほとものやかもち/大伴家持
詠み込まれた地名 越中 / 富山
関連地名 【故地名】常世
【故地名読み】とこよ
【故地説明】常住不変の国で、古代人の描いた理想郷。神仙思想が入るにおよんで不老不死の仙境の意に用いられ、遠い海の彼方にある国と想像された。生前・死後の世界・外国の意にも用いた。