歌詳細

やすみししわご大君高照らす日の御子荒たへの藤原が上に食す国を見したまはむと都宮は高知らさむと神ながら思ほすなへに天地も依りてあれこそ石走る近江の国の衣手の田上山の真木さく檜のつまでをもののふの八十宇治川に玉藻なす浮かべ流せれそを取ると騒く御民も家忘れ身もたな知らず鴨じもの水に浮き居てわが作る日の御門に知らぬ国よし巨勢道よりわが国は常世にならむ図負へるくすしき亀も新た代と泉の川に持ち越せる真木のつまでを百足らず筏に作りのぼすらむ勤はく見れば神ながらならし

項目 内容
番号 1-50
漢字本文(題詞) 藤原宮之役民作歌
漢字本文 八隅知之吾大王高照日乃皇子荒妙乃藤原我宇倍尒食國乎賣之賜牟登都宮者高所知武等神長柄所念奈戸二天地毛縁而有許曽磐走淡海乃國之衣手能田上山之真木佐苦檜乃嬬手乎物乃布能八十氏河尒玉藻成浮倍流礼其乎取登散和久御民毛家忘身毛多奈不知鴨自物水尒浮居而吾作日之御門尒不知國依巨勢道従我國者常世尒成牟圖負留神龜毛新代登泉乃河尒持越流真木乃都麻手乎百不足五十日太尒作泝須良牟伊蘇波久見者神随尒有之
漢字本文(左注) 右、日本紀曰、朱鳥七年癸巳秋八月、幸藤原宮地。八年甲午春正月、幸藤原宮。
冬十二月庚戌朔乙卯、遷居藤原宮。
読み下し文(題詞) 藤原宮の役民の作れる歌
読み下し文 やすみししわご大君高照らす日の御子荒たへの藤原が上に食す国を見したまはむと都宮は高知らさむと神ながら思ほすなへに天地も依りてあれこそ石走る近江の国の衣手の田上山の真木さく檜のつまでをもののふの八十宇治川に玉藻なす浮かべ流せれそを取ると騒く御民も家忘れ身もたな知らず鴨じもの水に浮き居てわが作る日の御門に知らぬ国よし巨勢道よりわが国は常世にならむ図負へるくすしき亀も新た代と泉の川に持ち越せる真木のつまでを百足らず筏に作りのぼすらむ勤はく見れば神ながらならし
読み下し文(左注) 右は、日本紀に曰はく「朱鳥七年癸巳の秋八月、藤原宮の地に幸す。八年甲午の春正月、藤原宮に幸す。
冬十二月庚戌の朔の乙卯、藤原宮に遷居る」といへり。
訓み やすみししわごおほきみたかてらすひのみこあらたへのふぢはらがうへにをすくにをめしたまはむとみあらかはたかしらさむとかむながらおもほすなへにあめつちもよりてあれこそいはばしるあふみのくにのころもでのたなかみやまのまきさくひのつまでをもののふのやそうぢがはにたまもなすうかべながせれそをとるとさわくみたみもいへわすれみもたなしらずかもじものみずにうきゐてわがつくるひのみかどにしらぬくによしこせぢよりわがくにはとこよにならむふみおへるくすしきかめもあらたよといづみのかはにもちこせるまきのつまでをももたらずいかだにつくりのぼすらむいそはくみればかむながらならし
現代語訳 あまねく国土をお治めになるわが大君、高く輝く日の皇子は、荒布の藤原の野に国土を統治なさろうと、宮殿も高々と支配なさろうと、神として思し召しになる、そのお考えのままに、天も地もあい寄りてお仕えするからこそ、岩ほとばしる水の国近江の、衣の袖の田上山の、真木をさいた檜(ひのき)の丸太を、もののふも多い八十の宇治川に、玉藻のように浮かべては流していることだ。それを引上げようと立ち働く御民とて、家のことは忘れ、わが身もまったく顧みず、鴨であるかのように水に浮かんでは、日の皇子の朝廷を造営する、その朝廷にまつろわぬ国も寄りついて来るという巨勢道から、わが国が永遠に栄えるだろう兆(しるし)の図をもった尊い亀も、新しい御代の初めとして出で来る―「いづ」という名の泉川に運び込んだ真木の丸太を、百足らぬ五十(い)かだに組んでは川をのぼらせているようである。役民たちがせっせと働いているのを見ると、これも天皇がさながらの神だかららしい。
歌人 役民 / えのたみ
歌体 長歌
時代区分 第3期
部立 雑歌
季節 なし
補足 藤原宮役民/ふぢはらのみやのえのたみ/役民
詠み込まれた地名 不明 / 不明
関連地名 【故地名】近江の国
【故地名読み】おおみのくに
【現在地名】滋賀県
【故地説明】国名。滋賀県の地。
【故地名】泉の川
【故地名読み】いずみのかわ
【現在地名】京都府相楽郡
【故地説明】泉の地を流れる木津川(奈良県の宇陀市に発し伊賀をすぎ、泉の地を流れ、木津から北流して淀川に合する)のこと。
【故地名】宇治川
【故地名読み】うじがわ
【現在地名】京都府
【故地説明】琵琶湖より発した瀬田川が京都府に入って宇治川となる(当時は巨椋の池に注ぎ末は淀川となる)。
【故地名】巨勢道
【故地名読み】こせじ
【現在地名】奈良県御所市
【故地説明】巨勢へ行く道、または巨勢の地を通る道。大和と紀伊を結ぶ要路。
【故地名】田上山
【故地名読み】たなかみやま
【現在地名】滋賀県大津市
【故地説明】滋賀県大津市の東南部大戸川(瀬田川に注ぐ)に沿った山地。北側に上田上(大津市)、南側に下田上(大津市田上町)の名があった。
【故地名】常世
【故地名読み】とこよ
【故地説明】常住不変の国で、古代人の描いた理想郷。神仙思想が入るにおよんで不老不死の仙境の意に用いられ、遠い海の彼方にある国と想像された。生前・死後の世界・外国の意にも用いた。
【故地名】藤原
【故地名読み】ふじわら
【現在地名】奈良県橿原市
【故地説明】奈良県橿原市高殿町を中心とした一帯の地。
【故地名】藤原の宮
【故地名読み】ふじわらのみや
【現在地名】奈良県橿原市
【故地説明】藤原京の皇居。高殿町の鴨公小学校の南側に大宮土壇(大極殿址)が森となって残されていたが、近年、小学校を移転して十二堂址を復原保存している。なお、文武天皇の時、同市醍醐町に移建されたとする説もある。
【故地名】八十氏川
【故地名読み】やそうじがわ
【現在地名】京都府
【故地説明】→宇治川(琵琶湖より発した瀬田川が京都府に入って宇治川となる。当時は巨椋(おほくら)の池に注ぎ末は淀川となる。)
【地名】近江の国:田上山:八十宇治川
【現在地名】滋賀県:大津市南部の大戸川に沿った上田上の地:宇治川