歌詳細

世の中のすべなきものは年月は流るるごとしとり続き追ひ来るものは百種にせめ寄り来たる娘子らが娘子さびすと韓玉を手本に巻かし〔或有此句云、白たへの袖振りかはし紅の赤裳裾引き〕よち子らと手携はりて遊びけむ時の盛りを留みかね過ぐしやりつれ蜷の腸か黒き髪にいつの間か霜の降りけむ紅の〔一云、丹のほなす〕面の上にいづくゆか皺が来りし〔一云、常なりし笑まひ眉引き咲く花のうつろひにけり世の中はかくのみならし〕ますらをの男さびすと剣大刀腰に取りはきさつ弓を手握り持ちて赤駒に倭文鞍うち置き這ひ乗りて遊びあるきし世の中や常にありける娘子らがさ寝す板戸を押し開きい辿り寄りてま玉手の玉手さし交へさ寝し夜のいくだもあらねば手束杖腰にたがねてか行けば人に厭はえかく行けば人に憎まえ老よし男はかくのみならしたまきはる命惜しけどせむすべもなし

項目 内容
番号 5-804
漢字本文(題詞) 哀世間難住歌一首〔并序〕
漢字本文(序文など) 易集難排、八大辛苦、難遂易盡、百年賞樂。
古人所歎、今亦及之、所以因作一章之歌、以撥二毛之歎。其歌曰
漢字本文 世間能周幣奈伎物能波年月波奈何流〻其等斯等利都〻伎意比久留母能波毛〻久佐尒勢米余利伎多流遠等咩良何遠等咩佐備周等可羅多麻乎多母等尒麻可志〔或有此句云、之路多倍乃袖布利可伴之久礼奈為乃阿可毛須蘇毗伎〕余知古良等手多豆佐波利提阿蘇比家武等伎能佐迦利乎等〻尾迦祢周具斯野利都礼美奈乃和多迦具漏伎可美尒伊都乃麻可斯毛乃布利家武久礼奈為能〔一云、尒能保奈須〕意母提乃宇倍尒伊豆久由可斯和何伎多利斯〔一云、都祢利之恵麻比麻欲伎散久伴奈能宇都呂比尒家里余乃奈可伴可久乃未奈良之〕麻周羅遠乃遠刀古佐備周等都流伎多智許志尒刀利波枳佐都由美乎多尒伎利物知堤阿迦胡麻尒志都久良宇知意伎波比能利提阿蘇比阿留伎斯余乃奈迦野都祢尒阿利家留遠等毗良何佐那周伊多斗乎意斯比良伎伊多度利与利提麻多麻提乃多麻提佐斯迦閇佐祢斯欲能伊久陀母阿羅祢婆多都可豆慧許志尒多何祢提可由既婆比等尒伊等波延可久由既婆比等尒迩久麻延意余斯遠波迦久能尾奈良志多摩枳波流伊能知遠志家騰世武周幣母奈斯
読み下し文(題詞) 世間の住り難きを哀しびたる歌一首〔并せて序〕
読み下し文(序文など) 集ひ易く排ひ難きは八大の辛苦にして、遂げ難く尽し易きは百年の賞楽なり。
古人の嘆きし所は、今亦これに及けり。所以因りて一章の歌を作りて、二毛の嘆きを撥ふ。その歌に曰はく
読み下し文 世の中のすべなきものは年月は流るるごとしとり続き追ひ来るものは百種にせめ寄り来たる娘子らが娘子さびすと韓玉を手本に巻かし〔或有此句云、白たへの袖振りかはし紅の赤裳裾引き〕よち子らと手携はりて遊びけむ時の盛りを留みかね過ぐしやりつれ蜷の腸か黒き髪にいつの間か霜の降りけむ紅の〔一云、丹のほなす〕面の上にいづくゆか皺が来りし〔一云、常なりし笑まひ眉引き咲く花のうつろひにけり世の中はかくのみならし〕ますらをの男さびすと剣大刀腰に取りはきさつ弓を手握り持ちて赤駒に倭文鞍うち置き這ひ乗りて遊びあるきし世の中や常にありける娘子らがさ寝す板戸を押し開きい辿り寄りてま玉手の玉手さし交へさ寝し夜のいくだもあらねば手束杖腰にたがねてか行けば人に厭はえかく行けば人に憎まえ老よし男はかくのみならしたまきはる命惜しけどせむすべもなし
訓み よのなかのすべなきものはとしつきはながるるごとしとりつつきおひくるものはももくさにせめよりきたるをとめらがをとめさびすとからたまをたもとにまかし〔或有此句云、しろたへのそでふりかはしくれなゐのあかもすそびき〕よちこらとてたづさはりてあそびけむときのさかりをとどみかねすぐしやりつれみなのわたかぐろきかみにいつのまかしものふりけむくれなゐの〔一云、にのほなす〕おもてのうへにいづくゆかしわがきたりし〔一云、つねなりしゑまひまよびきさくはなのうつろひにけりよのなかはかくのみならし〕ますらをのをとこさびすとつるぎたちこしにとりはきさつゆみをたにぎりもちてあかごまにしつくらうちおきはひのりてあそびあるきしよのなかやつねにありけるをとめらがさなすいたどをおしひらきいたどりよりてまたまでのたまでさしかへさねしよのいくだもあらねばたつかづゑこしにたがねてかゆけばひとにいとはえかくゆけばひとににくまえおよしをはかくのみならしたまきはるいのちをしけどせむすべもなし
現代語訳 この世に術なきものは、年月の流るるごときことである。次々と追いかけて来るものは、生老病死と形をかえてせめよせて来る。少女たちか初々しい少女らしく唐玉を手首に纏い〔あるいは、この句は、白妙の袖を互いに振り、紅の赤裳の裾を引いて、という本もある〕、同じ年ごろの子と手を携えて進んだであろう盛りの時期を、留めることができず過ごしやってしまったので、蜷の腸のように黒々とした髪には、何時の間に霜がおりたのだろう。紅の〔丹の色も映える〕顔の面には、どこから皺が来たのだろう〔いつも絶えなかった笑いや美しい引き眉も咲く花のように移り衰えていったことだ。世の中とは、こうでしかないらしい〕。りっぱな男子が男らしく剣太刀を腰におび、弓矢を手に握り持って、赤馬に倭文織の鞍をおいてよじ乗り、遊びまわった世の中はいつまでも変わらなかったろうか。若い女の寝ている家の戸を押しひらき、傍にさぐり寄っては真玉のような白い腕をかわして寝た夜とてどれほどもなく、やがて手に握った杖を腰にあてがい、あちらに行っても人から嫌われ、こちらに行っても人から憎まれ、年老いた男とはこうでしかないらしい。魂きわまる命のすぎゆくのは口惜しいけれども、なす術もない。
歌人 山上臣憶良 / やまのうへのおみおくら
歌人別名 憶良, 良, 憶良, 憶良臣, 憶良大夫, 山上憶良, 山上憶良臣, 山上大夫, 山上, 良, 最々後人, 臣, 大夫 / おくら, ら
歌体 長歌
時代区分 第3期
部立 雑歌
季節
補足 山上憶良/やまのうへのおくら/山上憶良
詠み込まれた地名 不明 / 不明
関連地名 【故地名】韓(唐)
【故地名読み】から(から)
【故地説明】外国の総称。朝鮮および中国をいう。新羅をさす場合もある。カラはもと朝鮮半島南部の一国の称。