歌詳細

かけまくはあやに恐し足日女神の命韓国を向け平らげて御心を鎮めたまふとい取らして斎ひたまひしま玉なす二つの石を世の人に示したまひて万代に言ひ継ぐがねと海の底沖つ深江の海上の子負の原にみ手づから置かしたまひて神ながら神さびいます奇しみ魂今の現に尊きろかむ

項目 内容
番号 5-813
漢字本文(題詞) 筑前國怡土郡深江村子負原、臨海丘上、有二石。
大者長一尺二寸六分、圍一尺八寸六分、重十八斤五兩、小者長一尺一寸、圍一尺八寸、重十六斤十兩、並皆堕圓、状如鶏子。
其美好者、不可勝論。所謂径尺璧是也。
〔或云、此二石者肥前國彼杵郡平敷之石、當占而取之〕
去深江驛家二十許里、近在路頭。公私徃来、莫不下馬跪拜。
古老相傳曰、徃者息長足日女命、征討新羅國之時、用茲兩石、插著御袖之中、以為鎮懐。
〔實是御裳中矣〕所以、行人敬拜此石。乃作歌曰
漢字本文 可既麻久波阿夜尒可斯故斯多良志比咩可尾能弥許等可良久尒遠武氣多比良宜弖弥許〻呂遠斯豆迷多麻布等伊刀良斯弖伊波比多麻比斯麻多麻奈須布多都能伊斯乎世人尒斯咩斯多麻比弖余呂豆余尒伊比都具可祢等和多能曽許意枳都布可延乃宇奈可美乃故布乃波良尒美弖豆可良意可志多麻比弖可武奈何良可武佐備伊麻須久志美多麻伊麻能遠都豆尒多布刀伎呂可儛
読み下し文(題詞) 筑前国恰土郡深江の村子負の原に、海に臨める丘の上に、二つの石あり。
大きなるは長さ一尺二寸六分、囲一尺八寸六分、重さ十八斤五両、小しきは長さ一尺一寸、囲一尺八寸、重さ十六斤十両、並皆に楕円にして、状は鶏子の如し。
その美好しきは、論ふに勝ふべからず。所謂径尺の璧是なり。
〔或は云はく、この二つの石は肥前国彼杵郡平敷の石なり。占に当りて取れりといふ〕
深江の駅家を去ること二十許里にして、路の頭に近く在り。公私の徃来に、馬より下りて跪拝せずといふことなし。
古老相伝へて曰はく「徃者息長足日女命、新羅に国を征討けたまひし時に、茲の両の石を用ちて、御袖の中に插着みて、鎮懐と為たまひき。
〔実はこれ御裳の中なり〕所以、行く人、この人を敬拝す」といへり。乃ち歌を作りて曰はく
読み下し文 かけまくはあやに恐し足日女神の命韓国を向け平らげて御心を鎮めたまふとい取らして斎ひたまひしま玉なす二つの石を世の人に示したまひて万代に言ひ継ぐがねと海の底沖つ深江の海上の子負の原にみ手づから置かしたまひて神ながら神さびいます奇しみ魂今の現に尊きろかむ
訓み かけまくはあやにかしこしたらしひめかみのみことからくにをむけたひらげてみこころをしづめたまふといとらしていはひたまひしまたまなすふたつのいしをよのひとにしめしたまひてよろづよにいひつぐがねとわたのそこおきつふかえのうなかみのこふのはらにみてづからおかしたまひてかむながらかむさびいますくしみたまいまのをつつにたふときろかむ
現代語訳 口にするのも、いいようもなく尊いことだ。神功皇后が朝鮮を平定なさってお心を静めなさろうとおとりになりおまつりになった、美しい玉のごとき二つの石を、世の人にお示しになり末長く語り伝えるようにと、海底の奥深い――深江の海を望む子負の原に、御手ずからお置きになって、神そのものとして神々しくあられる霊妙なみ魂は、今の正目にも尊いことよ。
歌人 山上臣憶良 / やまのうへのおみおくら
歌人別名 憶良, 良, 憶良, 憶良臣, 憶良大夫, 山上憶良, 山上憶良臣, 山上大夫, 山上, 良, 最々後人, 臣, 大夫 / おくら, ら
歌体 長歌
時代区分 第3期
部立 雑歌
季節 なし
補足 山上憶良/やまのうへのおくら/山上憶良
詠み込まれた地名 筑前 / 福岡
関連地名 【故地名】怡土郡
【故地名読み】いとのこおり
【現在地名】福岡県
【故地説明】筑前国の郡名。福岡県糸島郡の南部および福岡市の一部。
【故地名】韓国
【故地名読み】からくに
【故地説明】外国の総称。朝鮮および中国をいう。新羅をさす場合もある。カラはもと朝鮮半島南部の一国の称。
【故地名】子負の原
【故地名読み】こうのはら
【現在地名】福岡県糸島郡
【故地説明】福岡県糸島郡二丈町深江の西部、子負原八幡社のあるあたり。近世末建立の鎮魂石碑と歌碑がある。
【故地名】新羅の国
【故地名読み】しらきのくに
【故地説明】朝鮮半島東南部にあった三韓のうちの一国。天平8(736)年の遺新羅使の歌が巻15にあり、『懐風藻』には新羅使とわが官人との文学交流の詩も残る。
【故地名】彼杵郡
【故地名読み】そのきのこおり
【現在地名】長崎県
【故地説明】肥前国。長崎県東・西彼杵郡、長崎市、大村市一帯の地。
【故地名】筑前の国
【故地名読み】つくしのくに
【現在地名】福岡県
【故地説明】筑前に同じ。
【故地名】肥前国
【故地名読み】ひぜんのくに
【故地説明】国名。佐賀県・長崎県の地。
【故地名】平敷
【故地名読み】ひらしき
【現在地名】長崎県長崎市
【故地説明】所在未詳。一説に長崎市平野町(旧浦上山里村平ノ宿)。稚桜神社は神功皇后を祠り、鎮懐石伝説の碑がある。
【故地名】深江
【故地名読み】ふかえ
【現在地名】福岡県糸島郡二丈町
【故地説明】福岡県糸島郡二丈町大字深江。福岡から唐津に赴く途中の海村。
【故地名】深江の駅家
【故地名読み】ふかえのうまや
【現在地名】福岡県糸島郡二丈町
【故地説明】福岡県糸島郡二丈町大字深江。福岡から唐津に赴く途中の海村。
【故地名】深江の村
【故地名読み】ふかえのむら
【現在地名】福岡県糸島郡二丈町
【故地説明】福岡県糸島郡二丈町大字深江。福岡から唐津に赴く途中の海村。
【地名】韓国
【現在地名】朝鮮半島