歌詳細

吾が主のみ霊賜ひて春さらば奈良の都に召上げたまはね

項目 内容
番号 5-882
漢字本文 阿我農斯能美多麻〻〻比弖波流佐良婆奈良能美夜故尒咩佐宜多麻波祢
漢字本文(左注) 天平二年十二月六日。筑前國守山上憶良謹上
読み下し文 吾が主のみ霊賜ひて春さらば奈良の都に召上げたまはね
読み下し文(左注) 天平二年十二月六日。筑前国司山上憶良謹みて上る
訓み あがぬしのみたまたまひてはるさらばならのみやこにめさげたまはね
現代語訳 あなたの御心をかけて下さって、春が来たら奈良の都に私を召し上げてくださいな。
歌人 山上臣憶良 / やまのうへのおみおくら
歌人別名 憶良, 良, 憶良, 憶良臣, 憶良大夫, 山上憶良, 山上憶良臣, 山上大夫, 山上, 良, 最々後人, 臣, 大夫 / おくら, ら
歌体 短歌
時代区分 第3期
部立 雑歌
季節
補足 山上憶良/やまのうへのおくら/山上憶良
詠み込まれた地名 不明 / 不明
関連地名 【故地名】筑前の国
【故地名読み】つくしのくに
【現在地名】福岡県
【故地説明】筑前に同じ。
【故地名】奈良の都
【故地名読み】ならのみやこ
【現在地名】奈良県奈良市
【故地説明】元明天皇の和銅三(710)年3月より桓武天皇の延暦三(784)年11月まで7代714年間(天平12年より17年にかけては恭仁・紫香楽・難波に造京遷都)の帝都。京師は奈良市街地を東偏の一部として西方平野に展開していた。国立博物館と興福寺との間の南北の通じる道(京都街道)は東の京極大路、東大寺転害門から西へ佐保を経て法華寺に至る道は一条大路に当たる。
【地名】奈良の都
【現在地名】奈良市