歌詳細

たまきはるうちの限りは〔瞻浮州の人の寿の一百二十年なるを謂ふ〕平らけく安くもあらむを事もなく喪もなくあらむを世の中の憂けく辛けくいとのきて痛き傷には辛塩を注くちふがごとくますますも重き馬荷に表荷打つといふことのごと老いにてある我が身の上に病をと加へてあれば昼はも嘆かひ暮らし夜はも息づき明かし年長く病みし渡れば月累ね憂へ吟ひことことは死ななと思へど五月蝿なす騒く子どもを打棄てては死には知らず見つつあれば心は燃えぬかにかくに思ひ煩ひ音のみし泣かゆ

項目 内容
番号 5-897
漢字本文(題詞) 老身重病、經年辛苦、及、思兒等歌七首〔長一首短六首〕
漢字本文 霊尅内限者〔謂瞻浮州人寿一百二十年也〕平氣久安久母阿良牟遠事母無母裳无阿良牟遠世間能宇計久都良計久伊等能伎提痛伎瘡尒波鹹塩遠潅知布何其等久益〻母重馬荷尒尒表荷打等伊布許等能其等老尒弖阿留我身上尒病遠等加弖阿礼婆晝波母歎加比久良志夜波母息豆伎阿可志年長久夜美志渡礼婆月累憂吟比許等〻〻波斯奈〻等思騰五月蝿奈周佐和久児等遠宇都弖〻波死波不知見乍阿礼婆心波母延農可尒可久尒思和豆良比祢能尾志奈可由
読み下し文(題詞) 老いたる身に病を重ね、年を経て辛苦み、及、児等を思へる歌七首〔長一首短六首〕
読み下し文 たまきはるうちの限りは〔瞻浮州の人の寿の一百二十年なるを謂ふ〕平らけく安くもあらむを事もなく喪もなくあらむを世の中の憂けく辛けくいとのきて痛き傷には辛塩を注くちふがごとくますますも重き馬荷に表荷打つといふことのごと老いにてある我が身の上に病をと加へてあれば昼はも嘆かひ暮らし夜はも息づき明かし年長く病みし渡れば月累ね憂へ吟ひことことは死ななと思へど五月蝿なす騒く子どもを打棄てては死には知らず見つつあれば心は燃えぬかにかくに思ひ煩ひ音のみし泣かゆ
訓み たまきはるうちのかぎりは〔謂瞻浮州人寿一百二十年也〕たひらけくやすくもあらむをこともなくももなくあらむをよのなかのうけくつらけくいとのきていたききずにはからしほをそそくちふがごとくますますもおもきうまににうはにうつといふことのごとおいにてあるわがみのうへにやまひをとくはへてあればひるはもなげかひくらしよるはもいきづきあかしとしながくやみしわたればつきかさねうれへさまよひことことはしななとおもへどさばへなすさわくこどもをうつててはしにはしらずみつつあればこころはもえぬかにかくにおもひわづらひねのみしなかゆ
現代語訳 霊魂のきわまる命の限りは、病もなく安穏でありたいものを、無事に死の悲しみもなくありたいものを、この世の中がゆううつで辛く思われることには、わざわざ痛い傷にからい塩をそそぐというように、重い馬の荷物にますます上荷を載せるということの如く、年老いているわが身の上に、病気までも加えているので、昼は昼とて嘆きつつ一日をすごし、夜も夜で嘆息まじりに朝を迎え、長い歳月を病みつづけると、幾月もの間つらく呻吟し、句じことなら死んでしまいたいと思うけれども、五月の蝿のように騒ぐ子どもを見捨てては死ぬことも許されず、じっと見ていると心は燃えて来る。ああもこうも、考えあぐねては、ひどく泣かれることだ。
歌人 山上臣憶良 / やまのうへのおみおくら
歌人別名 憶良, 良, 憶良, 憶良臣, 憶良大夫, 山上憶良, 山上憶良臣, 山上大夫, 山上, 良, 最々後人, 臣, 大夫 / おくら, ら
歌体 長歌
時代区分 第3期
部立 雑歌
季節
補足 山上憶良/やまのうへのおくら/山上憶良
詠み込まれた地名 不明 / 不明
関連地名 【地名】〈3瞻浮州〉
【現在地名】<仏教の宇宙観で世界の中心とされる須弥山の南にある国、インドをさすが、ここは人間の住む世界の意>