用語詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 用語ID | 15 |
| 用語 | 壬申の乱 |
| 用語よみ | じんしんのらん |
| 用語種別 | 主な出来事 |
| 西暦 | 672 |
| 解説 | 天智天皇が亡くなった翌年の672(天武1)年(同年は壬申の年に当たる)、身の危険を感じて吉野へ隠遁していた大海人皇子(天智の弟)と、太政大臣として近江大津宮の朝廷を主宰していた大友皇子(天智の子)との間で起こった争い。大海人は吉野から伊賀・伊勢を経て美濃へ入り、配下の舎人の地盤であった東国における軍勢の徴発に成功した。また、大海人に呼応して大伴氏も大和で挙兵した。一方、大友の近江朝廷側は西国での軍事動員に失敗、大和や近江で敗北して近江大津宮が陥落し、大友は自殺した。翌年、勝利した大海人は天武天皇として飛鳥浄御原宮で即位した。この乱を境に、天武は天皇中心の国家体制整備を急速に進めた。 |