用語詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 用語ID | 47 |
| 用語 | 関東行幸 |
| 用語よみ | かんとうぎょうこう |
| 用語種別 | 主な出来事 |
| 西暦 | 740 |
| 解説 | 『続日本紀』によると、聖武天皇は740(天平12)年に伊賀・伊勢・美濃・近江を経て山背国まで行幸し、恭仁に至って遷都を宣言、平城京には戻らなかった。伊勢の鈴鹿関と美濃の不破関(いずれも三関の1つ)を越えて東国へ足をのばしたことから、関東行幸と呼ばれる。出発が藤原広嗣の乱の直後であること、美濃まで騎兵を連れていることなどから、軍事的な色彩の濃い行幸とみられている。『続日本紀』『万葉集』の記載から滞在先の行宮(かりみや、あんぐう、仮の滞在先となる宮)の名称がかなり判明し、経路も推定されている。 |